エッセイ」カテゴリーアーカイブ

新たな刺激を

 何事も、上手くいっているときは、無意識にこれでいいのだという意識が働き、そこに安住しようとする。ここにいれば楽しい、安心だ、安全だ、このままでいい、このぬるま湯に浸かっていよう。その結果、進歩しよう、進化しようという気が知らず知らずのうちに薄れ、自分では気づいていなくても、新たな挑戦をしなくなる。

 常に進化を続けるためには、先に進まざるを得ない過酷な環境に身を置くしかないのだろう。過酷でなくとも、刺激は必要だ。追い込まれないと動かない、私のような怠惰な人間は特にそうだ。数年に一度、そういう刺激を受ける。これも巡り合わせか。だから常に安定しない。極端に言ってしまえば、安定は死だ。歩みを止めたら腐ってしまう。

 追い込まれなくとも常に新しいことが出来るのは天賦の才、つまり天才なのだろう。私は少なくとも天才ではない(誰もが分かっているとは思うが)。追い込まれて生み出す、ごく普通の人間なのである。いや、むしろだめな方向の人間だ。それでもなんとか色々やってるあたり、どうにかなるものだ。

近所のカレー屋の味が変わった理由と昨今のインドカレーを取り巻く環境について

 近所に年に5回くらい行く感じのインドカレー屋があるのですが、前回行った際に、明らかに味が変わっていて、今までは安いし近いからまぁいいかくらいの店だったのが、この味ならもっと通ってもいいなと思える味になっていました。

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ブラームス全交響曲連続演奏会を企画してみんとす

 こんにちは、市原指揮者です。たまには指揮者っぽいことを書かなければいけないなと思い立ったので書いてみたいと思います。というか、そんな理由じゃなくて単に思いついただけです。すみません。

 ふと、ブラームスの交響曲全曲演奏会って楽しそうだなと思ったのです。コバケンさんがベートーヴェンの交響曲全曲演奏会を毎年やってるわけですし、4曲ならまぁ出来る気がするぞと。よーし、パパ、さらに序曲もプラスして大学祝典序曲と悲劇的序曲もやっちゃうぞ。

タイトルは「ドキッ! ブラームスだらけの演奏会! ホロリもあるよ! ブラームスは凄い! ブラームス全交響曲連続演奏会」がよかろうと思います。「ドキッ!」から「あるよ!」までが、先につくタイプのサブタイトルです。

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同じ人間だから誰もが同じ感覚であるなんてはずはないと思うのですが

 特に見るわけでもなくテレビジョンをつけていたら、なんだかの番組でデーブ・スペクター氏が外国のニュースを紹介しておりました。

 なんでも「シルベスター・スタローンがガスステーションで給油をしていたら、一般人が運転ミスで超高級な愛車にぶつかってきた。車体に傷をつけられたにも関わらず、何も聞かずに握手と挨拶をして颯爽と去っていった」ということだそうで、それを器が大きいとスタジオで出演者が賞賛する流れでありました。

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小市民ができるテロとの戦いとメシテロ

 9.11同時多発テロ以降、「テロ」という概念が心の奥底に引っかかった状態で日々を過ごしている方も多かろうと思うのですが、このところテロという単語がマスメディアにおいて再燃してきている感を受けます。

 我々、取るに足らぬ小市民としてはテロに対してできることなど何もないのではないかと思ったりもするのですが、先日アメリカで発生したテロの際にオバマ大統領が発していたコメントを読んで、ふと思ったことがありました。

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ボランティアの世界にも分裂なんかがあるようで

 ブログを読んだり、メルマガを購読したり、ラジオを聞いたりしている市原指揮者フリーク(いない)の方なら周知の事実だと思いますが、私しつこいんです。

 しつこい反面、信じられないくらいカラッともしていて、どんな結末であろうときちんと結論を見たことについては一晩寝れば忘れます。平行線でも、お互い分かり合えませんねという結論でも、別にいいんです。逆に、途中で有耶無耶にされたりして中途半端な状態になっていることは、心の奥底で小さな炎がメラメラと燃え続けている状態で、まぁそういうのは日常生活においては殆ど忘れてるんですが、あるタイミングで思い出したりすることがあったりいたします。

 その例がつい本日ありまして、色々自分の中では解決したので忘備録的に残しておこうと思います。

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