エッセイ」カテゴリーアーカイブ

おかげで

 「自分のおかげで」ってとんでもなく驕り高ぶった言葉だと思うんですけど、世間一般の人は全くそんな風に思わないんですかね。
 あなたのおかげで、この方のおかげで、みんなのおかげで、と他者に対して使うことは当然ありますが、「自分のおかげでこうなった」なんて生まれてこの方使ったことがないんじゃないかな。
 だって、例えば私がコンサートを企画したとして、終わった後に「僕のおかげで音楽を楽しんでくれる人がいてよかった」って言います? 言わないですよね。絶対言わないよ。だいたい、そもそもそんな考えは浮かばないもの。こんなこと言ってる人がいたら、はぁ? って思うし、お付き合いしたくないですよ。
 こういう言葉を無意識に使う人は、十中八九ヤバい人なんじゃないかなと思うのですが、このように、いちいち言葉を細かく気にする人も十中八九いないんでしょうね。
 私の常識は世間と離れているのだなぁと思ってやみません。

プロンプター

 色々な考えの方がいるとは思いますが、会見の中継を見ていて一つだけ思ったこと。

Q.今日はプロンプターを使っていませんが

A.世界の指導者が使っている。今日は文章の推敲が間に合わなかったので使っていない。

続きを読む

銀行の暗証番号を忘れました

 緊急事態宣言が発令される少し前から本当に外出をしなくなって、外に出るというだけでも1週間のうち2日程度という状態が続いていました。
 電車にも2ヶ月以上乗らず、5月の終わり頃に一度実家に行ったときに久しぶりに乗りました。外食もせず、買い物をするにも基本的に現金は使わないものだから、現金が必要になって銀行のATMに行ったら暗証番号を忘れている始末。必死に思い出して難を逃れましたが、こんな落とし穴があるとは思いもよらず。銀行の暗証番号を忘れるほど外界と謝絶される状態になるなんて考えたこともなかったです。

 緊急事態宣言が出た直後くらいにTwitterで「宣言が終わったから今まで通りに戻してOKなはずがない。緊急事態がひとまず去っただけで、引き続き感染予防に努めなければならない。気を緩めてそれまでの努力が無駄になったら最悪だ。でもそうなりそうな予感がする」ということを書いたのですが、まさに現実になっているように感じています。
 日本人(に限った話ではないと思いますが)は義務にならない限りやらないのだと強く思い知りました。企業も個人も、大義名分が無いと変革は難しいのだと思います。
 近所の立ち飲み屋は緊急事態宣言が終わったらすぐ、ソーシャルディスタンスも何もなく、コロナ前と同じ状態で店内ぎゅうぎゅう詰めで営業しているし、気にする素振りもなく平気な顔でマスクもせずに呑んでいる人ばかり。その店で感染が発生しているいないの問題ではなく、その心構えじゃ感染者が減るわけもない。減る道理が無い。

 緊急事態宣言にしても、新規感染者が2人(それが本当に正しい数値であるかどうかは別として)というところまで行ったのです。0にだって出来たはずなのです。もうあと2~3週間、どうにか踏ん張れば、ひょっとすると封じ込めができたのではないかとずっと思い続けています。思ったところで過ぎたことなのでどうしようもないことですが。
 あとほんの少しというところで緩めてしまった。スポーツでも囲碁でも将棋でも音楽でも何でもそうですが、最後の最後、もう何があっても大丈夫という終わりの瞬間まで気を張っていないと大失敗するなんていうのは常識なのに、どうしてあと一歩(と思われる)のところで手綱を緩めてしまったのか。まずい事態なのに、夜の街が、夜の街がと国民の目を逸しているうちに、あっという間に取り返しがつかない状態になってしまった。
 三国志や信長の野望で言えば、相手国を滅ぼしたけど、捕えた残党を打ち首にせず情けで逃したら勢力を拡大して反撃してきて逆に負けたみたいな状態ですよね。こんなことは歴史を見るに、紀元前からどの国でも常識のはずです。今回は人間とコロナの戦争だと思っています。どうして頭が良くて優秀で偉い人間ばかり集まっている(はずの)国の中枢でこういうあり得ない失敗が起こるのか。本当に残念でなりません。

 第二波だと言われていますが、私は第一波で討ち漏らした残党が盛り返しているだけで、まだ第一波の続きだと思っています。定義を知らないので勝手に言っているだけですが。第二波は海外からの人の流入やらなんやらが始まってからでしょう。
 こんな状態でオリンピックなんて出来るはずがないです。色々なところに配慮しなければいけないのは分かりますが、政治家はいつまで非現実的なばればれの嘘を言い続けるんでしょうね。嘘つきは政治家の始まりなんて言われますが、ここ数年の政治を見ていると本当にそう思います。政治家に、本当に国を思って行動している人間が一割もいるのか疑問です。

 治療薬が開発されるまで、まともな公演が出来ないのは覚悟していますが、これでまた施設が閉鎖だとか言われたら、実演家はとどめを刺されます。廃業するしかなくなる人がどれだけ出てくるか。持続化給付金のような支援策を行わないのであれば、何を言われても必要な感染対策を施したうえで強行でもやっていくしかないですよ。
 まともな仕事についている方々はなんだかんだで生活に大きな影響が無いとは思うのですが、実演家にとっては生きるか死ぬかという本当に受難の時です。

 これでやっていけないなら世の中に不要な仕事だからやめろって? そうですか。

富の再分配は通用しない世の中なのか

 コロナ後に「皆税金を払っているのに一部の人だけ恩恵を受けるのはおかしい」という主張をよく目にするようになった。税金の仕組みに詳しいわけじゃないんだけど、これっておかしくないか。

 税金というのは、皆からある一定のルールで集めて、困っている人たちに厚く使われるものだと思っているんだけど、違うんだろうか。
 全員が同じだけ払って、同じだけ恩恵を受けるのが正しいと考えている人が多いということなのか。それは共産主義と何が違うんだろうか。富の再分配とか考えたことがないんだろうか。

 僕は共産主義がいいとは思わないけども、今の資本主義もいいとは思っていない。人々の間に貧富の差が出来すぎる。世界の富の半分(36億人分)をたった62人の人間が所有している*なんてまともだろうか。努力の差だから頑張った人がたくさん儲けるのは正しいと言う人もいる。が、実のところ、その例の方が少ないのではないかと思う。
 全て一人の努力で手に入った成功なんてものはほとんど幻想で、周りの人の助けがあった、運が良かった、人を騙すような手口を使った、法を犯さない範囲で悪いことをしたという方が多いんじゃないか。

 だからまぁ、人様ありきで儲けた(儲かった)お金を社会に還元するというのは至極真っ当なような気がするんだけど、これは持たざるものの意見なんだろうか。ある程度以上は持ってたって仕方ないんだから、困っている人のために使いたいなと自分は思うんだけどね。そこはやっぱり自分も大金を手にしたら変わるんだろうか。

 以上は最近よく目にする考え方への意見であって、税金を投入した特定の業界への支援や、GoToキャンペーンが正しいとか正しくないというのはまた別の話。

微陽性?

巨人坂本、大城「微陽性」開幕戦は間に合う見込みも
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6361530

偽陽性はあるけど、微陽性なんて言葉、このニュースで初めて聞いたのだが。検索したってこのニュースしか出てこないぞ。
讀賣が事態を誤魔化すために無理やり作った造語なのでは?
何の根拠も無い言葉を作って発表するのってやっていいことなんだろうか。
認識って、こうやって都合よく書き換わっていくものなんだろうか。
ちょっと酷くないかな。

ニート4ヶ月目!

6月になりました。1年が経つのは早いですね。
最後に指揮をしたのが3月1日ですので、仕事がなくなって3ヶ月が経過しました。まぁなんだかんだであっという間でしたね。
残念ながら、6月も練習施設は閉鎖、もしくは再開していても、オーケストラは密になるので使用不可ということで、無職が確定しました。すなわち4ヶ月無職です。1年の1/3に及ぶ期間が無収入となります。
ある時期から、飲食店が飲食店がというニュースばかりが連日報道され、生きるために店を開くという決断が肯定されるような話題が見受けられました。緊急事態宣言が解除となり、飲食店には賑わいが戻ってきましたと報じられています。店によっては満席の賑わいだそうです。
そう考えると、やはりコロナで壊滅的な打撃を受けているのは、演奏家や役者といった、実演業界であるのは間違いないのではないかと思います。生きるために密になろうと公演を開催しますと言ったら、ただでさえ、この事態で生き残れないならオーケストラなど不要なものだと言われているのに、どれだけ叩かれるでしょうか。
飲食店は満席になったことが明るいニュースとして報じられるのに、オーケストラは引き続きやってはいけないという行政の対応は果たして妥当なのか、疑問がないわけではありません。とはいえ、やっていいとも思えないのです。
オーケストラでクラスターが発生したなんてことになれば、全国のオーケストラが厳しい批難を浴びるのは目に見えていることです。また、練習施設も管理を民間に委託しているとはいえ、実態は公営であることがほとんどなので、自分の施設から感染者が出たなんてことには絶対にしたくないでしょう。となれば、使わせないという状態がまだまだ続くものと思われます。今年中は無職なんじゃないかという気すらしています。
仮に練習が行えたとしても、本番をどうするのかという問題に当たります。2mというソーシャルディスタンスを守った場合、ホールに入れるのは定員の1割程度になるようです。実際にシミュレーションしてみた画像が出回っていましたが、ほとんどお客さんがいないという状態と等しいです。
それに対して、「チケットが少なくなって取りづらくなるな」という的はずれなコメントをしている人がいたのですが、問題はそこではなく、1割しか入れられないということは、有料公演の場合、チケットを10倍の値段にしなければならないということです。同じ値段で開催されると思われているのが怖いです。人を入れられないので使用料を1/10に減額します、なんてホールは一つもないでしょう。人を入れられないのでギャラは1/10でいいです、なんてプロは一人もいないでしょう。そうなれば、例えば今まで3,000円だったチケットが3万円になります。1万円なら10万円ですよ。それだけの価値があるのではなく(プレミアム的な意味ではあるのかもしれませんが)、せざるを得ないという状況になります。そんな価格設定のコンサートを開催するという決断は私にはとても出来ませんし、お客さんも来ないでしょう。
楽器の奏者はオンラインレッスンをしたり、緊急事態宣言の解除に伴い、個人レッスンを徐々に再開出来るようになって仕事が戻りつつあるようですが、指揮者は本当に何も出来ないのがなかなか辛いところです。
今こそスコアを読み込む時間だということを言う人もいるでしょうけども、それは比較対象にならないのです。対価を貰える仕事が今あるかないかという話をしているわけなので。それを言ったら、楽器奏者は練習する時間がありますよねということになるので、等しくないわけです。
じゃあ生徒でも取って指揮を教えたらいいのではと言う方もいると思いますが、私は人に指揮を教えるほど偉くないと思っているので、指揮の生徒は取らず、レッスンは基本的にしていないのです(過去に一人だけ、どうしてもと言われたので教えていたことがありますが)。昔から、大して上手くもないのに弟子を取ったり、講習会をやっている人の気が知れません。人に教えるという重大なことを、お金に困ったからという理由で、そう簡単に出来るはずもないのです。それ以前に、そもそも私に指揮を教えてほしいという人が一人もいないということの方が先に来るのですが。
世間からすれば、大変ですね、でもそういう仕事を選んだんだから仕方ないですよね、が総意なのは理解しています。ですので、別に恨み節ではありません。現状こんな感じが続いていますよという月例報告ですね。
とにかく、事態に一喜一憂せず、絶望せず、自然に、そして悠然と構え、その時を待つだけですね。時は来た!……それだけだ。と言ってやりますよ。
しかし、今、指揮者で指揮の仕事がある人っているのかなぁ。
おしまい。

18億円vs100万円

格付けのヴァイオリン、Aを聞いた瞬間にこっちが正解ってのは分かったんだけど、それよりもBの音大生が上手でびっくりしたよ。
18億円のストラドを弾く尾池さん(懐かしい……。やっぱり有名になったんだねぇ)に対して、100万円の安物ヴァイオリンを弾く音大1年生という構図だけど、劣っていたとは思わなかった。すごいぜ。

志村けんさんが亡くなるなんて誰が思っていたのか

志村さん、お葬式コントの前フリですよね?
棺桶から顔色の悪い志村さんが出てきて、お経をあげているお坊さんの頭を叩いて隠れるんですよね?

とてもではないけど現実として受け入れ難いニュースで、普段、会ったこともない芸能人の訃報に対しては、人間は死ぬのだ、仕方ないくらいにしか思わない僕が、今回はかなりキツい。
変なおじさんもバカ殿も突然この世から永遠に無くなってしまったのか? こんな終わり方はないだろう。オチは「だっふんだ」だろう。まだオチてないんだから、これはコントの途中であり、志村死亡説に違いない。
私の小さい頃の密かな夢は、ドリフターズに入ることだったんです。ドリフターズの笑いは私のお笑いの原点でした。本当に辛い。いかりやさんの時は覚悟の時間もあったし、既に俳優へ移行している時だったけど、志村さんは現役バリバリのお笑いの最高峰のまま、突然逝ってしまった。とてもではないけど現実を直視できない。

こういう言い方は賛否があるだろうけど、志村さんが身を持って警鐘を鳴らしてくれたと思って、気を引き締めるしかない。そう思わないとやりきれない。
志村さんだって、危険だと思う場所にわざわざ行ってなかったはずなんだ。知ってる人、知ってる店なら大丈夫だと思っていたはず。僕も少し前までそうだった。
でも、もはやそういう状況ではないということに大勢が気付く切欠になる出来事であってほしい。
考えや行動はいつからでも変えられる。

志村さん、本当にありがとうございました。
ゆっくりおやすみください。