エッセイ」カテゴリーアーカイブ

微陽性?

巨人坂本、大城「微陽性」開幕戦は間に合う見込みも
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6361530

偽陽性はあるけど、微陽性なんて言葉、このニュースで初めて聞いたのだが。検索したってこのニュースしか出てこないぞ。
讀賣が事態を誤魔化すために無理やり作った造語なのでは?
何の根拠も無い言葉を作って発表するのってやっていいことなんだろうか。
認識って、こうやって都合よく書き換わっていくものなんだろうか。
ちょっと酷くないかな。

ニート4ヶ月目!

6月になりました。1年が経つのは早いですね。
最後に指揮をしたのが3月1日ですので、仕事がなくなって3ヶ月が経過しました。まぁなんだかんだであっという間でしたね。
残念ながら、6月も練習施設は閉鎖、もしくは再開していても、オーケストラは密になるので使用不可ということで、無職が確定しました。すなわち4ヶ月無職です。1年の1/3に及ぶ期間が無収入となります。
ある時期から、飲食店が飲食店がというニュースばかりが連日報道され、生きるために店を開くという決断が肯定されるような話題が見受けられました。緊急事態宣言が解除となり、飲食店には賑わいが戻ってきましたと報じられています。店によっては満席の賑わいだそうです。
そう考えると、やはりコロナで壊滅的な打撃を受けているのは、演奏家や役者といった、実演業界であるのは間違いないのではないかと思います。生きるために密になろうと公演を開催しますと言ったら、ただでさえ、この事態で生き残れないならオーケストラなど不要なものだと言われているのに、どれだけ叩かれるでしょうか。
飲食店は満席になったことが明るいニュースとして報じられるのに、オーケストラは引き続きやってはいけないという行政の対応は果たして妥当なのか、疑問がないわけではありません。とはいえ、やっていいとも思えないのです。
オーケストラでクラスターが発生したなんてことになれば、全国のオーケストラが厳しい批難を浴びるのは目に見えていることです。また、練習施設も管理を民間に委託しているとはいえ、実態は公営であることがほとんどなので、自分の施設から感染者が出たなんてことには絶対にしたくないでしょう。となれば、使わせないという状態がまだまだ続くものと思われます。今年中は無職なんじゃないかという気すらしています。
仮に練習が行えたとしても、本番をどうするのかという問題に当たります。2mというソーシャルディスタンスを守った場合、ホールに入れるのは定員の1割程度になるようです。実際にシミュレーションしてみた画像が出回っていましたが、ほとんどお客さんがいないという状態と等しいです。
それに対して、「チケットが少なくなって取りづらくなるな」という的はずれなコメントをしている人がいたのですが、問題はそこではなく、1割しか入れられないということは、有料公演の場合、チケットを10倍の値段にしなければならないということです。同じ値段で開催されると思われているのが怖いです。人を入れられないので使用料を1/10に減額します、なんてホールは一つもないでしょう。人を入れられないのでギャラは1/10でいいです、なんてプロは一人もいないでしょう。そうなれば、例えば今まで3,000円だったチケットが3万円になります。1万円なら10万円ですよ。それだけの価値があるのではなく(プレミアム的な意味ではあるのかもしれませんが)、せざるを得ないという状況になります。そんな価格設定のコンサートを開催するという決断は私にはとても出来ませんし、お客さんも来ないでしょう。
楽器の奏者はオンラインレッスンをしたり、緊急事態宣言の解除に伴い、個人レッスンを徐々に再開出来るようになって仕事が戻りつつあるようですが、指揮者は本当に何も出来ないのがなかなか辛いところです。
今こそスコアを読み込む時間だということを言う人もいるでしょうけども、それは比較対象にならないのです。対価を貰える仕事が今あるかないかという話をしているわけなので。それを言ったら、楽器奏者は練習する時間がありますよねということになるので、等しくないわけです。
じゃあ生徒でも取って指揮を教えたらいいのではと言う方もいると思いますが、私は人に指揮を教えるほど偉くないと思っているので、指揮の生徒は取らず、レッスンは基本的にしていないのです(過去に一人だけ、どうしてもと言われたので教えていたことがありますが)。昔から、大して上手くもないのに弟子を取ったり、講習会をやっている人の気が知れません。人に教えるという重大なことを、お金に困ったからという理由で、そう簡単に出来るはずもないのです。それ以前に、そもそも私に指揮を教えてほしいという人が一人もいないということの方が先に来るのですが。
世間からすれば、大変ですね、でもそういう仕事を選んだんだから仕方ないですよね、が総意なのは理解しています。ですので、別に恨み節ではありません。現状こんな感じが続いていますよという月例報告ですね。
とにかく、事態に一喜一憂せず、絶望せず、自然に、そして悠然と構え、その時を待つだけですね。時は来た!……それだけだ。と言ってやりますよ。
しかし、今、指揮者で指揮の仕事がある人っているのかなぁ。
おしまい。

48とかそういうの

なんでせっかく新しいことをやろうとときに、「なんちゃら48」みたいな名前にしちゃうんだろう。全然面白くないし、安易すぎて興味も持てなくなるし、いいことが一つもない気がするんだけどな。と、ある新しい動きを見て思ったのでありました。勿体ない。
他人が作って流行ったコンテンツに乗るんじゃなくて、自分で一生懸命考えて作れればいいなと思っているので、本当に全く理解できないなぁ。
と、他人が作ったものがないと何も出来ない指揮者が申しております。

18億円vs100万円

格付けのヴァイオリン、Aを聞いた瞬間にこっちが正解ってのは分かったんだけど、それよりもBの音大生が上手でびっくりしたよ。
18億円のストラドを弾く尾池さん(懐かしい……。やっぱり有名になったんだねぇ)に対して、100万円の安物ヴァイオリンを弾く音大1年生という構図だけど、劣っていたとは思わなかった。すごいぜ。

志村けんさんが亡くなるなんて誰が思っていたのか

志村さん、お葬式コントの前フリですよね?
棺桶から顔色の悪い志村さんが出てきて、お経をあげているお坊さんの頭を叩いて隠れるんですよね?

とてもではないけど現実として受け入れ難いニュースで、普段、会ったこともない芸能人の訃報に対しては、人間は死ぬのだ、仕方ないくらいにしか思わない僕が、今回はかなりキツい。
変なおじさんもバカ殿も突然この世から永遠に無くなってしまったのか? こんな終わり方はないだろう。オチは「だっふんだ」だろう。まだオチてないんだから、これはコントの途中であり、志村死亡説に違いない。
私の小さい頃の密かな夢は、ドリフターズに入ることだったんです。ドリフターズの笑いは私のお笑いの原点でした。本当に辛い。いかりやさんの時は覚悟の時間もあったし、既に俳優へ移行している時だったけど、志村さんは現役バリバリのお笑いの最高峰のまま、突然逝ってしまった。とてもではないけど現実を直視できない。

こういう言い方は賛否があるだろうけど、志村さんが身を持って警鐘を鳴らしてくれたと思って、気を引き締めるしかない。そう思わないとやりきれない。
志村さんだって、危険だと思う場所にわざわざ行ってなかったはずなんだ。知ってる人、知ってる店なら大丈夫だと思っていたはず。僕も少し前までそうだった。
でも、もはやそういう状況ではないということに大勢が気付く切欠になる出来事であってほしい。
考えや行動はいつからでも変えられる。

志村さん、本当にありがとうございました。
ゆっくりおやすみください。

意味の無い制度を作って対策をしていますというおためごかし

路上喫煙の罰金制度って本当に意味ないよなと思う。
あれで捕まって罰金払ってる人見たことないし、一般人が路上喫煙を見つけても通報できないし、罰金も無いよね。
現行犯で私人逮捕的なものが認められるか、現場写真を撮って警察に送れば罰金とかできれば少しは意味あるのかもしれないけど、その場で捕まえるのはトラブルにしかならないし、写真も肖像権がどうだの盗撮だの言われて泥沼にしかならなそう。
路上喫煙をしても何も感じず、吸い殻をポイ捨てするような奴に注意すれば、逆上して暴行されるのがオチだろうし。なんとかならんのかね。
なんて、今日も路上喫煙&ポイ捨てを目撃して、とても嫌な気分になったので思ったのでした。トンネルの中でですよ。30mほど後ろ歩いてたけど臭かったよ。許されるならバットでロバート・デ・ニーロしたいよ。

さらっと親父

 国民的漫画であります「美味しんぼ」といえば、主人公、山岡士郎とその父、海原雄山の確執が見どころの一つでありますが、お互い親子の縁は切ったと言い張り(山岡氏は「法的にも無関係である」と発言していますが、それは無理なので、勘違いか、敢えてそのような発言をしたものと思われます)、山岡氏は海原氏が父親であることを認めようとしない頑なな態度を取り続けます。海原氏も「あの男は死んでも許さない」と発言していたりするのですが、海原氏側の頑なさは回を追うごとに薄れていきます。薄れていくというか、初期設定をミスったと思った原作者によって無かったことにされ……なんでもありません。
 山岡氏は一貫して海原氏を「あの男」「至高のメニューの担当者」「雄山」としか呼ぶことはなく、海原氏が交通事故に遭い、意識不明に陥った際も、父親とだけは絶対に言えないと悩みに悩み、海原氏の回復を願う周囲からの強い懇願もあった結果、絞り出すように「親父……」と言ったのが精一杯でありました。
 しかし、しかしです。第82巻112ページ第5話「家庭のおやつ自慢大会」の一コマで、「俺の家には親父の弟子たちもいて」とさらっと「親父」と呼んでいて、何度読んでも腰を抜かしそうになるんですね。海原雄山が絡まず、ストーリー進行上、全く重要ではない話の一コマでです。誰も親父発言に反応していないのもあまりに不自然です。最も驚くべきであろう栗田氏も無視をキメこんでいます。そこスルーしちゃダメだろとツッコまずにはいられません。
 これを山岡氏が成長した結果と取るか、設定ミスと取るかは読者の自由ですが、私は明らかにミスだろうとずっとずっと思い続けているわけです。ここまで来てそりゃないぜと。
 オチ? ないよそんなもの。

メゾフォルテ

 “mf”や“mp”を当たり前のように「メゾフォルテ」「メゾピアノ」と教えられてきたので疑問を持たなかったのですが、発音として「メゾ」は違うんじゃなかろうかと、ふと思った。そもそも「メゾフォルテ」は海外で通じるんだろうか。
 “mezzo”なのだから「メッゾ」「メッツォ」と教えた方がいいんじゃないか。
 もっと言えば「“mf”は“mp”より強く“f”より弱い!」じゃなくて、原語の意味からきちんと教えた方がはるかに音楽的理解や考察が深まるのでは。
 “mezzo”は「半分」という意味であって、ではどうして“mf”という記号が作られたのか、杓子定規に“f”の半分で演奏すればいいのか、“mp”は“p”の半分になってしまうんじゃないのか等を考えた方が音楽が楽しくなると思うのです。

コーンも取ってあげられない世の中じゃ

 自分でソフトクリームを作れるお店で、小学校低学年くらいの子が、自分の背では届かない高いところにあるコーンを取れずに困っていたんですね。
 通りがかった時に気づいたので、取れないんだ、取ってあげるよと言ってひょいとコーンを渡したら、首を振っていらないと言うんです。
 取ってしまったコーンを戻すわけにもいかず、いらないんだ、そっかと言いながらコーンを持って席に戻ったんですが、見ていたら、その後お父さんにコーンを取ってもらっていました。
 なるほど、不審者扱いされたわけかと思って、なんともやりきれない気分になったわけです。もう他人同士の親切が通じる時代じゃなくなってしまったんだと。
 なんて思いながら、アイスはいらないのでコーンだけ食べましたけどね。

現金から解放される

 昨年の12月くらいから、可能な限りのキャッシュレス生活を始めています。

 日本人誰しもそうだと思いますが、幼い頃からの刷り込みで、現金信仰のようなものを持っていたのですが、どう考えても現金を持ち歩くのは合理的ではないということに気付きはじめ、環境を整えてみました。

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