市原指揮者の「そうだったのか! サルでも書けるゲーム音楽実演家のための大して学べない著作権講座」第2回

 前回は「上演権・演奏権」について書いたわけですが、今回は編曲許諾と言われる、「同一性保持権」、「翻案件(編曲権)」について簡単に触れてみようと思います。

 同一性保持権と編曲権は別の概念なのですが、そこまで行くと面倒すぎますので、とりあえずセットで許可を得るものだと考えておけば大きな間違いはないと思います。ではまずは同一性保持権から。こちらは「著作人格権」というものに分類されるのですが、まぁそこも後で少し触れますので、深く考えずに進みましょう。

著作権法第20条「同一性保持権」

 文言は

著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

 となっています。

 つまり、作ったものを勝手に改変されない権利です。本権利は極めて強い権利でありまして、条文を四角四面に解するのであれば、例えばある曲中のたった一つの音をオクターブ上げて演奏した。その時点で同一性保持権の侵害に当たると判断され、裁判所へGOとなる可能性が否定できません。断定ではなく、可能性と言った理由は後述します。

 これを強力な権利たらしめている理由の一つが、条文中にある「その意に反して」という文言の存在となります。著作人格権の侵害について定めた

著作権法第113条「侵害とみなす行為」

 の第6項では、

著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。

 と記載されています。ここでは「著作者の名誉又は声望を害する方法」だった場合は著作人格権を侵害したとみなすとされているのに対し、前述した第20条では「その意に反して」とされています。この違いがお分かりでしょうか。

 前者では「名誉又は声望を害する方法」であったか否かは裁判所等の第三者が判断する事であるのに対し、後者は権利者が「自分の意に反した」と思えば、その時点で侵害とみなされるであろうという違いがあるのですね。これは非常に大きな違いです。

 ですから、最大限にフェアな使い方を心がけ、「これなら害さないだろう」といくら自分や周囲の人物が思っていたとしても、権利者本人がダメだと言えば侵害になるという事になります。

 ドラクエの楽曲は譜面に忠実に演奏する事を求められ、無断でカットする事や音の変更、楽器の過不足は認められないとされる根拠となるのはこの条文です。それくらいいいじゃねえかよ、は法律上認められないという解釈になります。もちろん事情を説明して許可を貰えれば問題はありません。無断はやめましょうという事になります。

 ですから、既にある楽曲を編曲する際には、権利者に対し、同一性保持権を行使しないという約束を取り付ける必要がある事になります。

 しかし本条文にも例外規定はありまして、第2項に記載があります。その中でも重要なのは第4号となりますので、第3号までは簡単に。

1. 学校教育の目的上やむを得ない場合
 →「低学年では難しい漢字をひらがなに直す」などを指します。

2. 建築物に関わる改変
 →建物が壊れそうなのに改修を禁止されたら困るので。

3. プログラムをより効果的に使えるようにするための改変
 →バグを取り除いたり、バージョンアップが出来なくなってしまうので。

4. 前3号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

 この第4号の解釈について論争があるようなのですが、現在の通説としては、音楽で言えば「技術的に未熟なので間違えて演奏してしまった」ですとか、「自分の腕前では難しすぎて演奏出来ないので簡略化した」などが「やむを得ない」に該当するとされています。音を間違えて演奏した時点で著作権侵害では困ってしまいますからね。

 権利者の意に反して作品を改変してはならない。作品の同一性を保持できる権利。それが同一性保持権という事になります。

 次に編曲権です。

著作権法第27条「翻訳権、翻案権等」

 条文は以下。

著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

 これだけです。前回の「上演権」と同じような文言ですね。分かりやすく言いますと、いくら面白い話を思いついたからといって、「ドラえもん」のキャラクターや舞台を使ったオリジナルストーリーを描いてはいけませんよという事になります。「ファンが描いたドラえもんの最終回が感動的だと話題!」というようなニュースを稀に目にしますが、あれは翻案権の侵害であり、訴えられた場合は敗訴となるものと思われます。

 音楽ですと、例えオリジナルと同じ音符の並びではあっても、新しいメロディーを付け加えたり、曲の雰囲気を大きく変えてしまいますと、編曲権の侵害であると判断される可能性が高いと言えるでしょう。「”ザナルカンドにて”のメロディーを使ってオリジナルmixを作りました!」とダンスミュージックのようにすれば、法律上はNGであるという事になります。

 ドラえもんの例でまとめすと、

・ ドラえもんのコミックスのどら焼きの絵を今川焼きの絵に変更した。 → 同一性保持権の侵害

・ ドラえもんのキャラクターや設定を使って新しいエピソードを書いた。 → 翻案権の侵害

 となり、違法であると判断されましょう。音楽であれば、

・ 同一性保持権 → 原曲の音を変えてはいけませんよ。人格的保護。

・ 編曲権 → 原曲を編曲して新たな作品を作ってはいけませんよ。財産的保護。

 という区分になります。いずれにせよ、両方とも許可を得なければ編曲が無理かろう事はお分かりいただけたかと思います。

 さて、この二つの権利が非常に強いという具体例を二つほど見てみましょう。

◆大地讃頌事件

 著作権侵害事件において有名な事例です。

 PE’Zというポップス・ジャズバンドが、かの有名な”大地讃頌”に感銘を受け、ジャズアレンジし、ライブでのレパートリーとしていました。そのアレンジをCDとしてリリースしたところ、作曲者である佐藤眞氏から待ったがかかりまして、同一性保持権と編曲権の侵害であるとして、今後の演奏禁止とCDの販売停止を求め、裁判所に訴えられたのです。

 この事件、はっきり申し上げまして、その後のために裁判を最後までやってくれればよかったのですが、訴えられた時点でPE’Zが謝罪し、佐藤氏の要求を呑む事で和解となり、裁判に至らなかったのですね。

 ですので、裁判が最後まで行った場合にどのような判決が下されたのか、著作権侵害として認定されたのか否かについては今だもって分からないわけです。仮に、同一性保持権の例外規定である、

前3号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

 としてPE’Z側が勝っていたのならば、別形態で演奏するためのアレンジはやむを得ないとして、今のゲーム音楽実演を取り巻く諸問題は全て取り払われていたものと思われます。要するに、編曲について誰も裁判で争った事がないので、違法か否かの確定的な判断はできないのです。違法適法を判断できる唯一の機関は裁判所です。裁判所が結論を出していない以上、断定できる人はこの世にいないのですね。「条文を読む限りは違法だと思いますよ。だから勝手にやって面倒な事になるのは避けた方がいいんじゃないですかね」という以上の事は言えないのです。

 また、お分かりいただけるように、いくら「感銘を受けた」からと言っても、自由にアレンジする事は認められないという事になります。どれだけ利用者側が尊敬の念を持っていたとしても、権利者がダメだと言えばダメなのだという事例と言えるでしょう。

 興味深いのは、PE’Zが所属していた東芝EMIは、会社としては徹底抗戦の構えであったらしいという事です。戦う姿勢という事は勝算があったと考えられますから、私は、いわゆるカヴァーについては、それまで業界の暗黙の諒解として許諾を得ていなかったと確信しています。しかし、本事件以降、許諾を得るケースが多くなったとの事なのですね。「多くなった」という事は、今でもメジャーの世界において、無許諾でのアレンジは存在していると考えてよいのではないかと思っています。

◆おふくろさん騒動

 こちらはワイドショーでも散々取り上げられていましたので、記憶に新しい方もいらっしゃるのではないかと思います。

 森進一氏の持ち歌である「おふくろさん」ですが、森氏が本来の歌詞には存在しない台詞を付け足して歌っていたところ、作詞を担当した川内康範氏が著作権侵害であると激怒した事件です。

 付け足したと言っても、イントロの前に台詞を喋ったという程度なのですが、元の歌詞の同一性が損なわれているという事で、本件は同一性保持権の侵害が争われる事になると思われます。

 この事件も裁判にはならず、最終的に森氏側が全面的に謝罪し、以後おふくろさんを封印するという事態となりました。こちらも是非裁判をしていただきたかったなと思う次第です。

 正直なところ、それまでは容認していても、権利者の機嫌を損ねた途端に訴えられるという危険性もあるわけで、権利者のさじ加減一つでどうにでもなってしまう話です。それ故に、同一性保持権はあまりに強力すぎるのではないか、見直しを図るべきではという学説もあるようです。

 ゲーム音楽を演奏する際に、途中にゲームに出てくる効果音や台詞を追加すれば著作権侵害になる可能性があるという事ですね。

 以上が同一性保持権、編曲権を巡る大きな事件2つでした。実例を見るとなんとなく分かってきますでしょうか。

 さて、長くなりましたが、話をゲーム音楽に移しましょう。ここまでの話でなんとなく分かってきた方もいらっしゃるのではないかと思いますが、ゲーム音楽というのは基本的に実演や生演奏による再現を前提としたものではありません。ですから、基本的には「”ザナルカンドにて”の吹奏楽カヴァー」、「”閃光”の管弦楽カヴァー」という扱いになるのは明白ですね。

 ドラクエのように実演を想定した音楽であったり、楽譜が出版されているものも存在します。ですが、実演家の皆さんが愛情を持って演奏したい曲の多くは、楽譜が出版されておらず、自分たちでオリジナルの編曲をしているものと思います。しかし残念ながら、無許諾で編曲を行いますと、違法と見られてしまう可能性は存在しています。

 公認の楽譜が存在するのであればよいのです。許諾を得て作成された楽譜であるという事ですから、それは同一性保持権、編曲権についてクリア済みでありますので、その楽譜に忠実に演奏する以上は何ら問題がありません。そこには二次著作物ですとか、著作隣接権という概念が登場するのですが、割愛します。

 では、楽譜が存在しない曲について、同一性保持権や編曲権の許諾を得るにはどうしたらいいのでしょうか。演奏権のように、JASRACに委託されている曲はJASRACで手続きをすればいいのでしょうか。

 それが、実はそうではないのですね。

 著作権の支分権の一つである「編曲権」については、管理団体に委託したり、メーカーが独自に管理できるのですが、「著作人格権」は他人に譲渡出来ない権利であるとされています。「同一性保持権」は「著作人格権」ですから、JASRACに委託出来ず、権利元でしか管理が出来ないのです。もっと厳密に言ってしまいますと、メーカーですら管理できず、作曲した本人しか管理出来ない場合がある可能性があるのですが、この辺りは割愛します。

 ここまでの話で分かりますように、編曲のためには必要な同一性保持権と編曲権はほぼセットであり、両方の許可を得なければ編曲は出来ないと言えるでしょう。従いまして、同一性保持権が管理出来ないのに、編曲権だけ管理しても仕方がなかろうという事(だと私は解釈しています)で、JASRACでは編曲権の管理をしていないのです。

 そのため、JASRAC管理曲を吹奏楽用に編曲して演奏したいのであれば、JASRACのほかに、権利者に編曲をしてよいかどうか問い合わせ、許可を得る必要があります。メーカー管理であれば、演奏許諾と同時に編曲許諾について許可を得る事になります。

 ここで前回を振り返りますが、演奏権については例外規定があり、一定条件下のコンサートであれば演奏許諾が不要でした。では前回覚えておいてくださいと書いた箇所を思い出してみましょう。

著作権法第30条「私的使用のための複製」

1.著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。

同様の目的であれば,翻訳,編曲,変形,翻案もできる。

 私的使用目的であれば、許可無しで編曲をしてよいという事になっています。しかし、

著作権法第38条「営利を目的としない上演等」

 においては、演奏は認められても、編曲は認められていないのです。第38条に「翻訳,編曲,変形,翻案」が付け加えられれば話は簡単なのですが、そうはなっておりません。ですから、前回説明した例外規定に当てはまるコンサートであっても、編曲については許可を得なければならないという事になります。

 では整理しましょう。ゲーム音楽演奏の現場において考えられるケースは以下の4つです。有料とは演奏権の例外規定に合致しないコンサート、無料とは演奏権の例外規定に合致するコンサートとします。

【区分と楽譜の有無】
1. 有料 無し
2. 有料 あり
3. 無料 無し
4. 無料 あり

【必要な許諾】
1. 演奏 編曲
2. 演奏
3. 編曲
4. 許諾の必要無し

 日本BGMフィルでは1と2の混合でしたが、当然全ての条件をクリアにした上で公演を行っていた事は言うまでもありません。編曲許諾については、きちんと問い合わせれば、余程の事がなければOKがもらえるものと思いますが、メーカーの思う曲のイメージなどがありますので、NGの可能性も当然ながら存在します。その場合は、権利者へのリスペクトという事で、法律上は諦めるしかありません。ケチくさいとか思うのはやめておきたいところです。

 以上が法律論としての同一性保持権、編曲権の話になります。いかがでしたでしょうか。前回のエントリーと合わせて理解していただければ、とりあえず大丈夫かなと思いますが、何か思い出した事や足りない事があれば、随時加筆していこうかと思います。

 どうもご清聴ありがとうございました。

 と終わってもよいのですが、世の中というものは何でもかんでも完璧に100%パーフェクトに法律を厳守して動いているわけでもないのが現実です。また、上述したように、これという確定的な判例もありません。もちろん、我々は法治国家に住んでいる以上、法律を遵守するのが大変重要な事ではあるのですが、法律論を振りかざし、そこから少しでも逸脱した人間や団体が違法組織であるかのような見方をしたり、人間的、文化的な観点を排除した話で終わりというのも、ある意味弱い立場である利用者目線、アマチュア目線を無視しておりまして、まったくもって希望の無いお話しに終始してしまうかなと思いますので、もし気力があれば、次回は現実問題として、どのように著作権と共存していくのがベターなのか、どう考えていくのが良いのだろうかという話に突っ込んでみようかなと思いますが、これ以上は色々とアレな領域になっていくため、これで終わりになるかもしれませんので、その旨予めご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

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  1. ピンバック: 市原指揮者の「サルでも書けるゲーム音楽実演にまつわる著作権についての考え方の提案など」 | 亮曰く

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