クラシック」カテゴリーアーカイブ

唯一無二の存在

 唯一拝見したのは、ドゥダメル&シモン・ボリバルの来日公演なんですよね。確か国際フォーラムAだったと思う。
 開演前、真ん中後方くらいに座っていたのですが、視界にチラチラ入ってきてどうしても気になる人がいる。なんで一人の客がこんなに気になるんだろうと思って目を凝らしたら、小澤さんがホールの通路を座席に向かって歩いてたんですね。
 うわ、小澤だ! これはドゥダメルじゃなくてアルゲリッチを見に来ただけに違いない! とか思ったのは内緒ですが(実際、アルゲリッチの協奏曲が終わった後の休憩でいなくなった)、嫌でも目を引く人、つまりオーラがあるんだなと思い知りました。あれはなんなんですかね。小澤さんだって分かっていない状況ですでに気になるんですから。髪型か? いや、違うだろうな。
 残念ながら、指揮姿は一度も生で拝見できませんでした。小澤さんの棒で演奏した方のお話なら割と聞いているのですが。
 魑魅魍魎が跋扈する大変な世界ですから、墓まで持っていった話も数え切れないと思います。とことん腹を割ったラストインタビューとか自伝とかないんでしょうか。とても気になります。
 もしもあの世があるなら、カラヤン先生らと一緒に、最近の若いやつらは! などと言いつつ下界の様子を楽しまれることでしょう。
 長きにわたり最前線での牽引、本当にお疲れ様でした。ゆっくりおやすみください。

テレビ局に企画をパクられました

 日テレの「午前0時の森」という番組で、劇団ひとりさんが持ち込んだネタ(という体ですが、企画はスタッフでしょう)で「指揮者が違うと音楽はどれだけ変わるのか」という企画をやっておりました。

午前0時の森
https://www.ntv.co.jp/mori/

 これ、私が企画して撮影、公開した動画と全く同じなんですよ。それも、使った音楽が「ハンガリー舞曲 第5番」という点まで同じ。
 これはもうパクられたと言って間違いない! そう思いませんかお客さん!!!

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身分によって楽器店の態度が変わるのは事実です

 私がずっと前に体験したことを裏付けるトゥイートが流れてきたのでメモ。

 これは事実です。
 私が神奈川フィルのオーディション予選を通過して、本選に進んだとき、オーディションで必要なスコアを買いに、ある有名店に行ったのですが、オーディションのためですと伝えた途端、態度が変わり、扱いが丁重になり、名刺までくれました。(念の為言っておきますが、自分から言ったんじゃないですよ。訊かれたので答えただけです)
 そんな経験はその時だけでしたね。やはりクラシックのプロオケというのは格が違うのでしょう。名だたるプロオケを振っていない指揮者は一般人という扱いなんだと思います。といっても、それ以降、身分を訊かれたことも名乗ったことも無いんですけどね。オーラも無いし。
 で、それに対してオーボエの茂木さんが、そんなことないと思うという返信をしているのですが、それは若い頃から運良くプロオケに受かって、そうではない人が体験しているような、いらぬ苦労をしたことが無い人の意見でしょうね。

 現代日本では、何をする人なのか、何が出来る人なのかよりも、どういう身分の人なのかの方が重要視されるのです。これは動かしがたい事実なので、さぁこれからという若い人たちはそんな理不尽な経験をしても、気にせず負けずに頑張ってもらいたいです。

ハイドンの40番

 メールに、

ハイドン/交響曲40番「ロンドン」

 と書いていて、送信前に見直しているときにおかしいぞと気づきました。
 正しくは、

ハイドン/交響曲第104番「ロンドン」

 であって、番号が全然違う。
 なんで40番なんて書いたんだろうと考えてみると、恐らく、ハイドンが最後に書いた交響曲という意識がまずあって、4がついてたぞとなり、そこから時代が近いモーツァルトに意識が飛んで、しかも最後の交響曲は41番なのに40番と間違えたという経緯だと思われます。
 私の頭の中はもうめちゃくちゃです。

年末ジャンボのCM

 メリークリスマスイヴ。年末ジャンボのCMを目にして、ベートーヴェンの7番の1楽章のアレンジだと気づいてしまってから、観るたびにイラッとしているケツの穴の小さい人間です。
 原曲にリスペクトが無いならアレンジするなよと声を大にして言いたいです。

 かのフランツ・リストはこの曲を形容して「リズムの神化」、リヒャルト・ワーグナーは「舞踏の神化」と称したほどの曲なのです。リズムが最重要と言って過言ではなく、そのリズムを崩してしまっては台無しであり、単なる凡庸な曲に成り下がりかねません。

 CMでは原曲と比較して、リズムが崩れてしまっており、かつ全くもって重要でもなんでもないナンセンスで無意味な歌詞が載せられているおかげで、曲をぶち壊していると言えるでしょう。ジャーンボジャーンボじゃねえよ! ジャンボは尾崎だけでいいんだよ!(いいぞ)

 リズムがどのように変わってしまっているのか、譜例を作ってみました。

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指揮活動再開!!!

 去る16日の日曜日、ついにオケ活動が再開となりました。
 最後に指揮をしたのが3月1日でしたので、ジャスト5ヶ月半の休止期間となりました。5ヶ月半、指揮の予定が一本も無い。ここまでの空白期間は今まで一度もありませんでしたし、こんなことが起こるなんて全く考えていませんでした。
 一足先に活動を再開したプロの皆様のSNS等を見ていると、

「合奏が出来るありがたみを噛みしめることができました」
「一緒に演奏出来る人がいることの幸せを思い知りました」
「楽しすぎました」

 とか、そういう感想が山のように出てきていて羨ましく思っていたので、自分は一体どんな感情になるかなと実はひっそりと楽しみにしていたのです。感動のあまり泣くのかなとか。言葉も出ないほど感動するのかなとか。感無量で動けなくなるのかなとか。が、まぁ実に面白味のない結果となりました。休止前と何ら変わることなく、いつも通りでした。普通に始まって普通に終わる。変わらなすぎてびっくりというか、全くもって休止前と同じ。拍子抜けしてしまいました。

 あれ、自分はもしかして相当ドライな人間なのか? 血も涙もない野郎なのか? と自問自答したのですが、まぁ実際そう思ったのだから仕方がないですよね。
 考えた末の結論としては、いつも指揮をするたびにありがたみを感じているし、いつも幸せだと思っているし、いつも楽しすぎるから、それ以上感じようがないのだということにして納得することにしました。つまり、毎回毎回を大切にしているし、指揮をしている日常が当たり前のものになっていないと。そうじゃなきゃ、人としてどうなんだよという感じですよね。でも、そういうことにしておけば、ものすごい偉い人みたいですよね。よかったよかった。あはは。

 それよりも、5ヶ月半空いたので、やっぱりなかなか手が動かない。これは困ったなぁと。戻るのにどれくらいかかりますかね。練習が出来ないとかそういうことはないんですが、思い通りになるまではしばらくリハビリが必要ですね。

 奏者同士のソーシャルディスタンスについても、ちょっと無理があるかなという感想です。
 オケは最小編成でも弦楽器の最前列から数えると5~6列はあります。各2mの感覚を空けるわけですから、最後列まで最短で8m空くんですよね。もうね、最後列に陣取ったホルンまで遥かなる距離でした。第九の合唱団の最後列じゃないんだぞと。この距離を保って大人数が入れる舞台はちょっとないですよね。
 それに、何より合奏に大きな影響があります。オーケストラは奏者間のアンサンブルが最重要なわけですが、これがかなり難しそうです。
 出来ないことはないです。が、これが新しい世の中のオーケストラの形ですよとそのまま受け入れることには疑問があります。今までより演奏クオリティが落ちることは必定で、それをお客様に、はいどうぞと出すのはどうなんだろうなと考えこんでしまいます。が、今はそれが精一杯なので、やるしかないのですが。
 受け入れるのではなく、今は仕方がないけども、元に戻していく努力は絶対に必要だと強く思いました。
 日本オーケストラ連盟を始めとする各団体が様々な実験をしてくれていますので、希望の持てる結果を見たいですし、それを世の中が受け入れてくれるように努力しなければならないと思います。いくら実験結果が良くても、ホール等がダメだと言えばその通りにはできないわけですから。
 オーケストラ受難の時代はまだまだ続きそうですが、私的には小さな一歩を踏み出せたことを大変喜ばしく思っています。

 それにしても、マスクとフェイスシールド両方必須で5m空けるというのは本当にめちゃくちゃです。どういう基準で決めたんですかとホールの事務所に聞きに行ったのですが、話が噛み合わず、全く埒が明きませんでした。
 マスク無しで大きなくしゃみをしたとき、ようやく5m飛ぶくらいなんですよ。科学的にも実証されているし、オーケストラ連盟等が実験をして結果が出ているんですよ。と言っても、吹奏楽はどうのこうの、吹奏楽はどうのこうのと同じことを繰り返すばかり。吹奏楽の話なんて誰もしてないのに。全く理解不能です。
 5mなんて聞いたことがないんですが、どういう基準なんですかという質問に対しても、対面になるので。吹奏楽の楽器は2mは離れなければならないですし。と繰り返すばかり。もしかして、対面だからお互いに2mと2mで4m、余裕を持って5mと思ってるんじゃないでしょうか。だとしたら小学生並みの考え方も出来ない相当なバカですよね。自分から2m飛ぶと仮定して、対面だからなら4mってどんな計算だよ。なんでだよ。
 いや、でもマスクありで5mなんて話しているだけじゃ飛ばないですからと言っても、最終的には、今はとにかく感染を予防しなければいけませんからね。と借字定規な答えしか帰ってきませんでした。お役所仕事万歳!
 別に5mは嫌だというクレームじゃなくて、確認と現場の意見として話しにいっただけなのに、事務所にいた人たちは、クレーマーが来たみたいな顔つきになってたし。なんなんだろう。嫌だなぁ。

 で、決まりは決まりで仕方がないですからマスクとフェイスシールドをしましたが、実は指揮って思いの外運動しているので、フェイスシールドはすぐに曇って前が見えなくなるし、手があたってずれるし、マスクとフェイスシールドで息苦しくて息切れするし、ちょっと無理でしょこれという状態でした。コロナ以前に熱中症で倒れるぞと。
 そこで、オケの方がご用意くださった眼鏡型のフェイスシールドに切り替えたところ、これが効果覿面。ほぼ影響なく続けることが出来ました。これからフェイスシールドありで指揮をする必要がある方々には眼鏡型がおすすめです。

 さて、大事なのはここからで、コロナ休業の約半年間、実はビールやお酒全般があまり美味しく感じなかったのです。たまに飲むのですが、うーん……別に無理に飲まなくてもいいや、と。
 ところが! 練習後に呑んだ、キンキンに冷えたビールは!!! 最高でした!!!!! ほんっっっとうに美味かった!!!!!
 これだよ! これ! このために音楽やってるんだよオイ! と忘れかけていたものを思い出しましたね。いや、もう、ビールってこんなに美味しかったっけと思うくらい幸せな瞬間でした。すごい笑顔になってしまいましたね。ああ、やっぱり練習楽しかったんじゃん、嬉しかったんじゃんと。よかったです。これが無かったら果たして音楽続けてるかなぁ……。
 こんな美味しいビールが飲めるようにこれからも頑張っていきたいと思います!

 そして今週末もオケあるよ! っていうか、これからしばらく毎週あるよ! やったー! 頑張ろう!

常に最高のポテンシャルを発揮するには

 しばらく音楽を聴かない期間を設けると、プロの演奏でもテンポやピッチ、縦の線の本当に微妙なズレとかが仔細に聞こえて気になるんですけど、オケの練習を毎週のように続けていると、それがだんだん分からなくなっていきます。これは耳がマイナスに補正されていってしまうんですかね。

 今週末、いよいよオケ再開なので、いくつかの録音や動画を再チェックしてるんですけど、昔の演奏は例えCDでもずれずれのことが多いし、演奏会の録画だとやっぱり生だからずれている箇所が多い。
 もちろん、それが悪いこととは思っていないし、そういうのも含めて音楽なので全然私はいいと思うのですが、事実として明らかにずれているわけです。

 でもこれ、コロナ前に当たり前のように指揮をしていたときはあまり気にならなかったような部分なんですよね。改めて聞いてみて、あれっとなっています。
 例えばクレンペラーのハイドン104番なんて、1楽章の序奏の部分、フェルマータの後とか出だしが揃ってない。我慢しきれずに出てしまっているヴァイオリンがいるし、色々ずれてる。
 他にも、単に、うおっ、すげー! と思っていた演奏も、実は合ってないところが多かったりします。それでももちろん超名演であることには変わりありません。
 最高峰のオケでも合わないところは多々あるんだから、クラシック音楽を演奏するのってやっぱり簡単ではないんですよ。でも、それを恐れて後ろ向きになってはいけなくて、常に自分の最高の演奏を目指して攻めた演奏をしていくのが大切だと思います。

 少々話がずれましたが、この感覚が鋭い(と勝手に思っている)状態を保てれば、より精度の高い合奏が出来ると思うんですけど、どうしたらいいんでしょうね。どうしてもずれが気にならない方向に行ってしまう。保とうと意識し続けるしかないですかね。

 さて、いよいよ復帰です。長期休暇を経てレヴェルアップして頑張りたいと思います。

黒船室内管弦楽団 第9回定期演奏会

 黒船室内管弦楽団、第9回定期演奏会が終わりました。
 今回は本番2ヶ月前くらいから色々あり本当に運営周りの皆さんの苦労が偲ばれる本番でした。

 ギリギリまで、今回はついにダメ出しをしなければいけない回かもしれないと思っていたのですが、 続きを読む

黒船室内管弦楽団 第8回定期演奏会

 先日の黒船のアンケートをようやく読む。回収率高し、かつ絶賛ばかりで嬉しい限り。

 クラシックの宿命か、高齢の方が多いが、あれくらいの年代の方は若い頃にクラシックをレコードで聞いて育った世代。だから、カラヤンだとかの巨匠、ベルリンフィルだとかの世界最高峰のオケが比較対象になる。それでも万雷の拍手を頂けるのは、ひとえに団員の皆さんの努力や気持ちの賜物。指揮者はこういう音楽をやろうと身体で表現して導く係であり、実際に音を出すのは奏者。指揮者というのは本当に不思議な立ち位置で、指揮者がどんな有名人でも、奏者が音を出さなければ音楽は成り立たない。だから本番は奏者の力あってのもの。

 とはいえ、褒められればやはり嬉しいものだ。毎回アンケートに開演前の話、指揮のどちらにもお褒めの言葉が書いてあって、とても励みになる。

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