市原指揮者の「サルでも書けるゲーム音楽実演にまつわる著作権についての考え方の提案など」第2回

 前回は、世の中はグレーなもので構成されているのではないかという事に触れましたが、さらに個人の感想と意見、提案のレベルに踏み込んでみたいと思います。

 日本は法治国家ですから、法律に反しない事が求められるのは当然でして、法に反したと認定されれば処罰を受けることになるわけです。

 ですが、法律はあくまで定められた決まり事、ルールでありまして、法が完全無欠の存在であるかというと、法が人間を支配するのではなく、人間のために人間が作ったものである以上、実生活において例外なく完璧に運用されるはずがないと思うのです。

 遠い感じのところから具体例を挙げていきましょう。

 労働基準法。厳守している企業がどれだけあるでしょうか。労働環境があまりに酷い企業はブラック企業だと名指しで炎上する事例が増えてきましたが、細かい規定まで含めると、完全に守られているケースの方が少ないのではないでしょうか。では守っていない企業は法律違反なので全て処罰すべきだと言われるかというと、そうはなっていない。実務上のあれやこれと照らし合わせて、違反していても許容されていたり、慣習として内部的に認められていたりするわけです。もちろん、それがいい悪いの話は別です。

 シロクロはっきりしているでしょうか。グレーですね。

 赤信号。みんなで渡れば怖くない。なんてギャグがあるくらいなわけですが、法律上は「道路交通法第7条」の違反となります。歩行者の場合は2万円以下の罰金が科せられる事になります。しかし、歩行者として信号無視で実際につかまり、罰金を支払った経験のある方はいますでしょうか。絶対にいないとは言いませんが、警察官ですら、現場を目撃しても「赤信号渡らないでくださーい」という呼びかけで終わっているのではないでしょうか。また、あいつは信号無視をする人間だから許せない。と言う人も見た事がありません。しかし違法は違法です。

 シロクロはっきりしているでしょうか。グレーですね。

 飲酒。未成年の飲酒は法律で禁じられています。「未成年者飲酒禁止法第1条」で明確に定められています。しかし、現実に全ての人が遵守しているでしょうか。お正月に子供にお神酒を一口舐めさせた。違法なので一律に処分すべきでしょうか。罰金刑を科すべきでしょうか。100%潔白でなければならないと主張する人はいますかね。

 シロクロはっきりしているでしょうか。グレーですね。

 インターネット。今や当たり前のようにネットに蔓延している、笑えるコラ画像。見たことが無い方はほぼいないのではないでしょうか。例えばジブリアニメや福本漫画の一場面を改変してアップしたり、川越シェフや照英の顔写真で遊ぶ。アニメのキャラをアイコンにしている人はいませんか? それら全ては著作権法をはじめとする法律を前提に考えるならば違法です。しかし、誰も指摘していないのではないでしょうか。笑って楽しんでいるのではないでしょうか。著作権法違反だからすぐ削除しろと言う人は見たことがありません。それどころか、利益目的の大手ニュースサイトですら、著作権法に違反した画像や動画を笑えるネタとして平気で紹介しているのが実情ではないでしょうか。

 シロクロはっきりしているでしょうか。グレーですね。

 同人。私は行ったことがないのですが、例えばコミケで売買されている同人誌。いわゆる二次創作という世界ですが、主に翻案権の侵害により著作権法違反が明らかです。それも、無料配布ではなく、値段をつけて売買されているケースが多いわけです。それらが全て許諾を得ているシロな物であると思うでしょうか。アダルトな内容の物は果たして権利者から許諾をとれるでしょうか。趣味の範囲を超え、同人誌だけで生活が成り立っている人もいると聞いたことがありますが、権利処理はされているのでしょうか。その辺りは風呂敷を広げすぎるので触れませんが。

 シロクロはっきりしているでしょうか。グレーですね。

 ニコニコ動画。ゲーム音楽、ゲーム動画、大半が違法アップロードコンテンツです。大人気動画に使われているCD音源。原盤権(説明は割愛)をクリアしているわけがありません。ゲーム実況も違法です。しかし、著作権の問題を指摘して、削除を求める運動がユーザーから起こったという話は聞いた事がありません。また、権利元から抗議がない動画は違法であっても削除されません。削除されなくとも、法律上はクロなはずです。

 シロクロはっきりしているでしょうか。グレーですね。

 ヒャダイン。ニコニコ動画で一躍脚光を浴び、テレビに出るまでになった前山田氏ですが、有名になるきっかけとなった動画の数々。過去のゲーム音楽のアレンジで人気が爆発したわけですが、諸権利をクリアしているとは到底思えません。むしろ無許諾であり、確実にクロと見てよいでしょう。ところが、彼はその違法性の責任を問われるどころか、今やゲームメーカーと公式の繋がりが出来、仕事をしているほどです。ゲーム音楽をピアノで演奏するサカモト教授も同じくです。間違いなく許諾が取れない音楽を演奏していたかと思います。しかし、正面から論陣を張って彼らを犯罪者だと非難する人は見た事がありません。(匿名のネット界隈ではいるのかもしれませんが)

 シロクロはっきりしているでしょうか。グレーですね。

 これらたった数例を挙げただけでも、いかに世の中がグレーであるかお分かりでしょうか。前回挙げた、ジャズの演奏やコピーバンドによるライブでの楽曲改変についても、杓子定規に言うならば著作権法違反であると言えます。これら全てを違反だ違反だと言い回り、法に則らねばならないと頑として言っている人はいるんですかね。

 全てをつまびらかにしてしまい、シロとクロを分別するような議論というのは何とも機械的と言いますか、虚しい行為といいますか。そもそも、法律が全てであり、それに完全に潔白でなければならないという事であれば議論など不要なわけで、全員大人しく法に服従し、グレーな行動については相互監視で厳しく対処し、利用を諦めればいいんじゃないですかねという話です。にもかかわらず、どうも釈然としない気持ちがある方も多いでしょう。

 そうなってきますと、ゲーム音楽の実演の現場において、やたらと何が何でも著作権を厳守しなければならないという議論になりつつあるというのは何やらコゲ臭いものを感じるわけで、上記のようなグレーな事例が全てシロでなければ許されないという話をしているのと同じなのではないと思うわけです。なぜそれまでグレーで済んでいたフィールドに突然そのような考えが発生し、さらにスタンダードになろうとしているのか。

 私は、プロや利益が出る現場では話が別だと思っています。ですが、前回の番外編でご紹介したような映画の事例もあるわけです。

 ましてや、アマチュアの無償の趣味の活動に対してまで規制や自粛を求め、法的に厳格な運用を求めるのはやはり違和感があります。何らかの理由があり、そうしようという意思の持ち主がいて、誘導しているのではと思いたくなってくるのですね。グレーなものにシロクロつけようという場合、大抵は何らかの裏の意図が働くものです。そうなると都合がよく、直接的にせよ間接的にせよ、それによって利益を得られる人間や組織があるのではなかろうかと。特に、自分に利益を誘導したい人間が、ポジショントークで市井の民の合意を得ようとするときは注意が必要です。

 少し話を巻き戻します。嘉門達夫氏の例でも出しましたが、なぜ許諾が得られないものでもライブでは演奏してしまえるのか。なぜコピーバンドがライブでセリフや歌詞を付け足しても違法性を問われないのか。これらはひとえに著作権法違反は親告罪であるからではないでしょうかね。

 権利者本人がライブを見て、改変に怒り、訴える事はできますが、権利者以外の第三者がライブを見て違法だと通報する事はもちろん出来ませんし、本人に通報したとしても、その証拠がありませんので何も言えないのですね。音源が残っており、それをバンド側が提出するなら別ですが、ありませんと言われればそれまでです。第三者が、許諾を得ているか否か、そして権利者の「意に反し」ているかどうかの判断はできないのです。PE’Zの「大地讃頌事件」がライブで演奏しているうちは問題になっていなかったものの、CD化する際に問題になったのも、そういった理由だと考えられます。

 趣味の活動でゲーム音楽を編曲して演奏するのは、いわば二次創作の同人活動であり、さらに金銭が発生せず、その場限りで消えてなくなる時間芸術たる音楽の実演であるのならば、同人誌の販売よりも遥かに許容されてよいのではないかと考えるのが自然だと思います。所定の手続きを経れば誰でも確実に許諾が得られるのであれば話はまだ別ですが、そうでないものの場合、法律論や一方的な都合を振りかざしてグレーゾーンを排そうとしますと、世界がどんどん狭まっていく事による閉塞と死を招く可能性があるのではなかろうかと。

 当たり前ですが、著作権などどうでもいいと言っているのではありません。著作権は護るべきものであり、著作者に認められた正当な権利です。そのうえ、グレーな世界というのは、強い側がその気になればいつでも潰せるものですから、そこは忘れてはいけないかと思います。言うまでもなく、その音楽があるのは誰のおかげなのかという部分は常に念頭に置き、それを使わせてもらっているのだという感謝と尊敬の念は持つべきだと考えます。そのうえで、著作権とどう付き合っていくのかは個々人が判断すればよいのではないでしょうか。

 一番余計なのは、関係の無い人間が、お前のところは著作権をクリアしているのかなどと言い出す事で、そんな輩には大きなお世話だと言ってやればよいかと思います。わざわざ「きちんと著作権の処理をしております」などと対外的に言わねばならない空気はどうかと思うわけでして、何も言わない=処理しているのだろうくらいに考えておけば、いらぬ軋轢も生まれないのではないですかね。問題視するのは当事者同士で十分ですし、相互監視みたいな状況はどうにも気持ちが悪くないですかね。

 やはり、持ちつ持たれつ、言わなくても分かるよなのグレーゾーンというのは人間社会において非常に重要なポジションを担っているものと私は思いますし、それを白日の下に晒し、取っ払おうとすれば大変な事になってしまうのではないでしょうか。

 窓口が分かり、許諾が取れる限りは取るべきではないかという話も分かります。ただ、許可を得ようにも一体どこに問い合わせればよいのか非常に分かりづらい、もしお願いをしても拒否される可能性がある、一度お願いしてしまえば拒否された場合は諦めざるを得ないといった具合に、積極的に使ってもらおうという雰囲気が見えない権利者側にも問題点があるかもしれないと思いますが、私一人があれこれ言ったり考えたりしたところで何かが変わるわけではありません。

 ちょっと話が逸れますが、怖いのは、TPP批准により、著作権法違反が非親告罪になる事です。もしライブやコンサートで演奏した内容が同一性保持権や編曲権を侵害しているとして、権利者ではなく観客が訴えられるようになれば、生演奏の文化は壊滅しかねないものであると思います。どの程度の厳しさで運用されるのかは実際にそうなってみない事には分かりませんが、可能性の問題としては十分にあり得るわけですから、やはり考える必要はあると思います。気に食わないバンドや団体を潰そうと思えば誰でも潰せる状況が訪れるかもしれないわけですから。

 同人誌の世界では、同人文化の保護という目的の元、許諾の処理やTPP批准に向けての動きが活発にあるようなのですが、ゲーム音楽実演の世界では、法律やメーカーの言う事に従うべきだという主張ばかり大きく聞こえてくるように思います。私の無知ゆえかもしれませんが。ですので、アマチュア、いわゆる同人的なゲーム音楽利用をとりまく環境の話なんかを、トゥイッターなどまるで議論に向かないツールや、感情が伝わりづらく、こじれやすいネット越しではなく、直接してみたいのですが、興味のある方がいないようで残念です。ある程度きちんとまとまれば、ユーザー側からの意見として権利者に提示する事もできるでしょうし。ユーザー側の立場を尊重しつつ、権利者との架け橋になるような議論などしてみたいなぁと思ったりもします。ある特定の人物や組織が、自らの都合によりシロでなければならないのは勝手ですが、それを第三者に押し付けようとするのはいかがなものかと。他人の都合に皆で付き合う必要があるのか疑問です。

 重ねて言いますが、著作権法に違反しましょうと言っているのではありません。そもそもこんな話はしたくないのです。ゲーム音楽実演の現場で、我々は全てシロでなければならないという論が存在し、そういった方向に既に進んでいるのであれば、こういう考えはどうなんでしょうかという具合です。もし全てが完璧にクリアされなければならないのであれば、権利元が不明であったり、存在しなくなっているものは永久に演奏ができない事になります。法律に合致しなくとも議論するのは自由なのです。でなければ一度決まった法律やルールを変える事はできません。法律と権利者が絶対であり、逆らってはならないとする考え方は、果たしてユーザー目線で納得できるものなのか、バランスのとれたものなのか、一考してみる価値はあるかと思います。

 世の中は正論だけで動いているわけではないはずですので、このような話を出したり、出てくる事自体、本当にナンセンスの極みであると思っております。内輪で思っていたり、自分への規律としてではなく、他人にまで求め始めたのは誰なんですかね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA