責任を取るということ

 辞任の意味を履き違えている人が多いのかなぁというお話。

「責任を取って辞任します」

 よく聞く言葉ですが、それは辞任をすることに意味がある場合に限られると私は思っています。
 どう意味があるのか。
 不祥事があった時に会社の社長や役員が辞任するのは、今の立場や、今後金銭を貰えるであろう権利を捨てるという行為によって責任を取るという意味があるわけです。
 すなわち、辞任する人間に多大なペナルティがある場合においてのみ意味があると考えます。ペナルティを受け入れることで責任を取りますと。そういうことです。

 では、趣味でやっている活動における辞任に何か意味があるのか。私はまず無いと思います。周囲から辞めろと言われたり思われているならどうぞ辞任してくださいとなりますが、そうではなく自分のミスの責任を取るというような場合においては辞任は意味がないどころか、それによって何かが好転することは一切無いと言っていいのではないでしょうか。周りを困らせたり悲しませたりするだけであって、それを受けた周囲が心機一転頑張りましょうとはならないと思うんですよね。必要とされている人ならなおさら。言ってしまえば、それは責任を取る行為ではなく責任放棄とも言えます。
 どんなミスをしたにせよ、周囲から必要とされているのであれば、責任を取るということは今まで以上に努力すること、同じミスを起こさないようにしていくしかないのではないでしょうか。周囲から必要とされることがどれだけありがたいことか。必要としてくれる人たちがいるのに、意地を張って辞任だなんて正しい決断だとは思えません。

 辞任しますと言うとなんだか格好いい感じもするのですが、本当に格好いいのは、負けずに周囲の期待に応えようと頑張り続ける姿だと私は思います。