指揮者というものに対する理解

 YouTubeのおすすめで出てきて、タイトルが気になったのでつい見てしまったのですが、見なければよかった。

【80歳記念】Y・シモノフ変態指揮集【マエストロ、ちゃんと振って下さい!】おまけ付き!
https://www.youtube.com/watch?v=z5VfJ0I9YTk

 いや、シモノフさん、めちゃくちゃちゃんと振ってますよ。逆に、ふざけて振ろうとしたって、こんな上手く振れません。参考にさせていただきますというレヴェルです。
 こういうのを見て、「変態」だの「ちゃんと振れ」だの書くのは、一体どういうことなのか大変疑問です。

ロジェストヴェンスキー~指揮しない指揮者 Rozhdestvensky the 90th anniversary of birth【生誕90年記念】
https://www.youtube.com/watch?v=z5VfJ0I9YTk

 どこが「指揮しない」んでしょうか。普通に振ってますよね。しかも少し昔のドイツ系統の、とても正統派な指揮だと感じます。こちらも、とても上手で見習いたいくらいです。

 いずれも、タイトルで視聴者の目を引こうという作戦なのか、それとも本気で思っているのか。動画の説明文を見る限りでは前者のように思います。

 動画を作っていらっしゃる方、他の動画に顔出しで曲の説明をされていますが、いわゆるクラオタと呼ばれるジャンルの方なのかなと推察いたします(まさか同業者ではありませんように……)。私なんかよりも遥かにクラシックに詳しく、造詣が深いと見て間違いないでしょう。それなのに、何故指揮者に対してこんな見方になってしまうのか。
 最近、SNSでも目にしたのですが、井上ミッチーさんのチャイコフスキーの4番の指揮に対して「振る気がない」だのなんだのと面白がっていた人がいたのですが、それも同類だと思われます。私から見たらとてもきちんと振っていらっしゃいました。

 これはひとえに、「指揮者について理解出来る人が指揮者しかいない」という悲劇が故ではないかと思うことがあります。
 この理論は、指揮者について指揮者にしか分からないなら、オケにとって指揮者なんていらないのではという矛盾が生じてしまいます。ですから、私はこれはパラドックスであると思っています。「指揮者のパラドックス」と名付けましょうか。指揮者は誰よりも大人数の前に立ち、統率する役柄でありながら、常に一人であり、孤独な人間であるという、指揮者なら恐らく感じているであろう不可思議さも、ここから来るものではないかと考察しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA