名作「銀と金」で著名な漫画家である福本伸行先生の最新作がウェブに掲載されているという事で、早速拝見いたしました。
短編マンガ 合法といって売られている薬物の、本当の怖さを知っていますか?
http://www.gov-online.go.jp/tokusyu/drug/manga/index.html
過去には福本先生が原作で、かわぐちかいじ先生が作画をした漫画はありましたが、福本先生が他人の監修下で漫画を書くこと自体、レアケースであると思われます。
たった8ページの、薬物の怖さを啓蒙する漫画ではありますが、まごうことなき福本漫画でありました。福本ファンならずとも、じっくり味わいつつ鑑賞するのが吉であります。
◆ 1ページ
導入となるこのページの見どころは、なんといっても1コマ目の帽子をかぶった人物の所作でありましょう。この謎の手の形。いきなり福本節が炸裂しております。日常生活でどのようにすればこういう手の形が生み出されるのか未だ解明されておりませんが、福本作品には頻出の所作であり、いわばジョジョ立ちのようなものであると言えましょう。
◆ 2ページ
まず1コマ目が最高ですね。「んちわー」「おおっ!」の短いやり取りに集中線を書き加える事で、颯爽と店内に滑りこんでいくまさる君の様子が活き活きと描写され、常連である事が一目瞭然であります。さらに、同行者が店内を見回している素振りを挿入する事で、あっ、この二人はハーブとか無縁だったんだなという印象付けに成功しております。
さらに、福本作品においてウェーブのかかった髪と丸眼鏡は大抵胡散臭い詐欺師のような人物に割り当てられるアイテムであり、福本ファンであれば、この時点で店主の人となりが察せられる仕組みになっておりますね。
そして6コマ目、またも出ました福本節。手で×印を作りながらの「ああ……! ダメダメッ! まさる君吸っちゃダメ!」。2ページ目で出してしまっていいのでしょうか。出血大サービスであります。ダメだとは微塵も思っていないこの表情と「ダメダメッ!」のギャップがたまりません。
◆ 3ページ
1コマ目から濃厚に臭ってくる連れの男の疎外感。この後フェードアウトする事確定です。完全にモブキャラの目つきです。
そしてナレーションによる強い否定。これもまた福本先生ならではの、読み手に対する強いメッセージ発信となっております。今にも立木文彦氏のナレーションが聞こえてくるかのようであります。
◆ 4ページ
1コマ目で連れの男がいなくなりました。ハーブなんてやれるかよという真人間だったのでしょうか。
その後に描かれている症例だけでも薬物の恐ろしさが十分に伝わってくるのですが、見どころはなんといっても4コマ目の帽子をかぶった人物であります。この帽子、どうなっているのでしょうか。頭の形状はどうなっているのでありましょうか。完全に人間の造形を超越した頭部形状になっているか、接着剤などの使用により頭に帽子が張り付いているか、どちらかだと思われます。薬物より恐ろしいと感じました。1ページ目と同一人物かと思ったのですが、服装が違いました。どうやら別人のようであります。
◆ 5ページ
怖いページであります。怖くて直視できかねます。2コマ目の人物は完全に目がイッておりますから、4コマ目の事故は起こって当然だと説得力があります。エアバッグがついていない車に乗ったのも、不運でありました。そして、またしても謎の柄の帽子をかぶった人物が頭から血を流して倒れておりますが、福本先生はこのような帽子の男に何か恨みでもあったのでありましょうか。
◆ 6ページ
4コマ目の薬物常習者と思わしき男の部屋の散らかり具合が絶品です。潰したペットボトルに、紙くずやアダルティな雑誌にビール瓶とグラス。全て布団の上という自らの持つ小宇宙で完結させようというダメ人間の縮図になっております。福本先生の人間観察力に圧倒されざるを得ません。薬物に手を出すと、不安定な布団の上で瓶ビールを手酌するようなダメ人間になってしまうのです。怖いですね。
そして5コマ目。モブ男は完全に無かった事にされ、まさる君と女性が自宅に帰ってきたようですが、これは果たして自宅なのでありましょうか……。
◆ 7ページ
1コマ目のベッドに何やら装置があるのですが、これは果たして自宅なのでありましょうか……。
3コマ目の書き文字の「グフフ……」も福本ポイントが高いですね。どうせなら「バニッバニッ」とかも出していただきたかったところです。
そしてついに出ました、というか福本節の混合技、ほぼ反則スレスレなのが5コマ目であります。「ぐにゃあ」と「ざわ……」が同じコマで普段と違う意味で使用されております。福本漫画を初めてご覧になった方は、こんな異常な表情を描く漫画など他に見た事がないと恐怖におののくのではないかと思われますが、この表情は、負けたら死ぬというようなギャンブルで逆転され、負けが確定したような時に敗者が見せる表情であり、普段は絶望的な表情に「ぐにゃあ」という擬音が付与され、空間自体が歪んでいたりします。
一方「ざわ……」は、心理描写が漫画の大半を占める福本漫画において、登場人物や、その場の心理的なざわめき、もしくは実際のざわめきを表現する際に用いられる擬音であり、福本漫画の代名詞とも言える存在であります。
この「ぐにゃあ」と「ざわ……」の共演は貴重なものであり、ここで拝見出来たのは僥倖であると言えましょう。薬物の怖さをこれ以上ないくらい突きつけられますね。
◆ 8ページ
オチです。2コマ目ですが、この表情になってしまうと、完全にロンゲ茶髪のヤンキーにしか見えないのですが、これは先程までの女性であります。
オチと書きましたが、啓蒙漫画ですのでオチもクソもなく、ただただ絶望的な状況を示して終わります。実に怖いです。薬物の怖さを知らしめてなんぼですから、やはり福本先生の表現力、説得力は半端ではないです。これからも、読んでいて心臓が締め付けられるような漫画を書き続けていただく事を願ってやみません。また、福本先生の漫画を読んだ事が無い方は、是非これを機に読んでいただきたく。
ついでに、銀と金の連載再開をですね……。