誰のものなのかという話

 今日は、先日連載を開始させていただいた、ブラストライブの新年会、兼今後を考える会(勝手に命名)に参加させていただきました。

 こういう方向で行けばいいんじゃないかとか色々と勝手な意見を言わせていただきましたが、私が一番大事だと思うのは何より編集長の意思だと思うのですよね。たとえ周りが何と言おうと、編集長がやりたいこと、やりたくないことがあるはずで、周りがあれこれ言うからといって編集長の意に反することをやり始めたら、それはもうダメだと思うのです。

 その雑誌は誰が立ち上げて、誰の理想を実現しようと思って刊行されているのか。それは編集長でしょう。彼をないがしろにしては存在し得ない雑誌ですから、彼がやりたいと思った事の中で、私は最大限協力させていただきたいと思っています。逆に、彼の意に反することをやるくらいなら私が離れます。他の誰のものでもない彼の雑誌ですから。

 ましてや、私は1円たりとも出資などしていないわけで、口を挟む権利など本来的には一切ないわけです。出資しないしリスクも背負わないけど、自分の意思は通すとかありえないわけです。ただまあ、意見をくれと言われればいくらでも言いますし、協力しますよ。それを受け入れる入れないは編集長次第です。強引に自分の意思を通すようなことは決してしません。

 例えば、このままではダメだからと周りの人間が彼を無視して勝手に編集長まがいのことをしだして雑誌の方向性を決めたり、編集を行っていくのは異常事態ではなかろうかと。カッコウですかそれはと。編集長が意見を取捨選択して決めた方針で進めた結果、潰れるなら仕方がない、一緒に潰れようくらいの志を持った人たちでないと、協力なんてできませんよ。

 今日は幸いにもそういう人たちが集まってああだこうだと長時間話ができてよかったなぁと思ってならないわけです。編集長を差し置いて勝手に話を進める人なんていませんでしたから。非常に実りのある会合であったと、そう思います。

 これが当たり前なんだろうな、ああよかったと思いつつ、そんな当たり前のことも分からないロクでもない人が世間にはたくさんいるんだなと強く感じたところで、今日のレポートを終わりたいと思います。

 最終的には中華料理が美味しかったと、そういう話です。ごちそうさまでした。

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