日本代表が決勝トーナメントに進むも1回戦で敗退す


 日本代表負けちゃいましたね。

 起きられたら見ようくらいのつもりで目覚ましもかけずに寝たのですが、なんと前半終了くらいの時間に目が覚めまして、後半から見ました。2点取った時点で、ちょっと時間が早いのが心配だけど、これはもしやと誰もが思ったのではないかと思われますが、やはりそうは問屋が卸さない。現実は無情でありました。これが実力差というものでしょう。取られた1点目はそんなのありかという感じでしたが、後の2点は完璧で、こういうのを確実に押し込んで来るんだなというところに凄味と底力を感じました。3点目なんか、点ってこんな一瞬で取られるもんだなぁというくらい美しいカウンターでした。他にも結果的にポストに救われたものの失点確実という決定機もありました。

 私は野球観戦が主なので、普段サッカーはあまり見ないのですが、ワールドカップだけは4回前の大会から欠かさず見ています。いわゆる「にわかファン」に分類されるでしょうか。普段野球を見ない人でも甲子園は見るというのと同じで、負けられないという緊張感がたまらなく面白いですし、世界最高峰の舞台で意地と技術のぶつかり合いを目の当たり出来る貴重な機会です。(チーム毎の技術としては欧州リーグの方が高いのだろうとは思いますが)

 日本の試合を見て、とんでもなくレヴェル上がってるんだなと思いました。昔の日本代表って、パスもロクに通らず、トラップもポロポロこぼして、ドリブルをすれば奪われ、まともなシュートなんか出来ないような、これって日本で一番サッカーが上手い人たちの集まりなんですよね!? と言いたくなるようなチームだった印象なんですよね。それでもなんか勝ったりする不思議なチームという感じだったんですが、それがボールが吸い付くようなパス回しやトラップ、相手に渡さないドリブルなんかを見ると、技術の進歩ってすごいなと思わずにはいられません。感動しました。強くなったんだなぁ。

 ただ、今回に関しては元々日本代表を応援する気になれず、というのも、本番直前に監督を解任し、かつ全く納得のうえではないというのがどうしても引っかかっていまして、色々あるのだろうとは思いますけど、それはやっちゃいけないことだろうと感じたわけです。本当の理由は知る由もありませんが、スポンサーの意向という説がもっともらしく見えてしまうあたり、やり方が非常によろしくないと思います。
 内輪揉めはサッカー協会の問題であり、実際に戦う選手たちに(恐らく)罪はないわけで、それとこれとは切り離すべきだとは思いますが、どうも見るのに気分が乗らない大会であったのは確かです。

 そのため開幕したことに気づかず、1戦目は大金星を上げたとニュースで知り、2戦目は都合がつかないため見られず、ようやく見た3戦目があれですよ。

 3戦目の戦略については色々と言われているようですが、意見としては2つに大別できるでしょう。

1.これは酷い
2.良い作戦だ

 1は私のように普段サッカーを見ない人間、2はサッカーフアンという見方が成り立つでしょうか。と思いきや、意外とそうでもないようで、サッカー好きな人で1のような意見の人もいるようです。

 私はこんなことを書きました。

 これは別にやったことを批判しているわけではないんですね。私は嫌いな戦略だというだけで。もし続きを書くなら、

「とはいえ、決勝トーナメントに進めたという結果は良かったのでは。こういうことが起こるのはルールの問題。ルール改正を望みます」

 となるでしょうか。自分の意思表明にすぎませんし、文字数制限もありますし、いちいちトゥイッターでなんでもかんでも100%書くつもりもありませんから、続きを書かずに上の文章だけで終わったわけですが、戦略批判をした著名人が炎上するなど、人生においてこの上なくどうでもいい下らない事象も発生していたようです。そんなことを批判している暇があったら他のことにエネルギー使え。トゥイッターがコミュニケーションツールだと思っている人はおめでたいなと思う次第です。

 私見を述べるならば、今回の戦略はやはり見ていて気持ちの良いものではないですし、勝っているならパス回しもまだ許容されましょうが、勝負事において、負けている状態で負けを狙って良い状況が発生し、それを目指すというのは異様な光景であると感じます。
 ただし、ルール違反ではなく、決勝トーナメントに進む一縷の望みを託した、とんでもないギャンブルであるという見方をすれば、とても面白いものです。監督の発案によるものであれば、西野監督はカイジばりの狂ったギャンブラーであり、賭けに見事勝ったと言えましょう。負けたら全責任を負って国中からの批難を浴びる覚悟だったのでしょうから、常人が出来る発想ではないように思われます。本当にすごいことだと思います。

 というわけで、私は考え方としては嫌いだし、いい方法だとは思っていませんが、結果について批判はしていないわけで、多面的に見れば面白い出来事だと思っているわけです。

 続けてこういうことを書きました。

 見事にそんな感じになったのかなという印象です。これが分からないやつはレヴェルが低いとか、いちいち批判するなとか、分かってないとか、そういった感じでカウンターを当ててくる方々。やっぱりいたなぁ。自分の好きなものが批難されるのが耐えられないんですかね。前置きが長くなったのですが、それはどうなのと思ったというのが今回の記事のお題です。

 何があっても批難せず、受け入れるのは信者というんです。私はファンは好きですが、信者は嫌いです。いくら好きでも、いいものはいい、悪いものは悪いという分別を持つべきであり、好きだから何をしてもいいとかいう考えは唾棄すべきものだと思っています。
 私は横浜ベイスターズファンですが、大洋ホエールズ時代から刷り込まれた感覚のせいなのか、すごく批判的なファンでして、ずっと応援し続けているし勝てば嬉しいですが、口を開けば批判ばかりしている嫌な奴です。それでも心から応援してるんですよ。
 長年見ていますと、親会社がTBSから別の会社に変わった時代からのファンとは温度差があるなと感じます。要するにあまりに重い暗黒時代を知るか知らないかという部分でしょうか。批判があると「うるせー。批判するな。批判するやつはファンじゃない」みたいな方もいらっしゃるようで、とっても怖いなと思います。
 大げさかもしれませんが、それって「お国の為に死にましょう。日本バンザイ」と変わらないんじゃねぇのという部分から来ているのかもしれません。批判してはいけないというのは弾圧や洗脳なんですよ。思想の弾圧。恐ろしいことだと思います。

 「サッカーでは当然の戦略ですからね」という意見もありましたが、当然の戦略だからいいのかという考えは出てこないのでしょうか。常識だからいいという発想こそが一番怖いものだと思います。常識が何より怖いんです。当然かもしれないけど本当にいいのだろうかと自問することをやめてはいけないと思うのです。

 勝負だから勝つためならいいのだという考えは正しいのかというと、そうでもないと思います。野球で言えば、高校野球で松井秀喜5打席連続敬遠という事件がありました。あれは勝つための戦略であり、結果的に勝ちましたが、正当化されるものではないと思いますし、今もって野球ファンの間では支持されていないわけです(もちろん色々な意見はあります)。当事者も無言の抗議をし、観客もブーイングをした。当然でしょう。勝つための行動ならどのようなものでも許されるという方々にとっては、これも肯定されるはずなのですが、果たしてどう思われるでしょうか。

 wikipediaからの引用になりますが、

馬淵は試合後、「正々堂々と戦って潔く散るというのもひとつの選択だったかもしれないが、県代表として、ひとつでも多く甲子園で勝たせたいと思った」とコメントし、その後もそうした潔さに喜ぶのは客と相手側だけだ、と語っている。一方、山下は「甲子園で男と男の勝負をしてほしかった」「残念です」とだけ述べた。この試合、明徳に全く勝負させてもらえなかった松井は、試合後インタビューで「正直いって野球らしくない。でも歩かすのも作戦。自分がどうこう言えない」というコメントに留めた。

牧野直隆は「無走者の時には、正面から勝負して欲しかった。一年間、この日のためにお互いに苦しい練習をしてきたのだから、その力を思い切りぶつけ合うのが高校野球ではないか」「勝とうというのに走りすぎる。すべてに度合いというものがあり、今回は度がすぎている」といった談話を発表した。

 馬淵さんというのは敬遠を指示した監督です。監督の発言が今回の出来事に見事に重なりますね。当事者の選手も違和感を表明しています。違うのは、明らかに見苦しい出来事に対して、「勝つためだから」「これでいいのだ」と言って批判をしない観客がいるかいないかということでしょうか。
 そもそも最後の10分に負けを狙い、全く試合を行う気が見られないというのは本当に常識なんでしょうか。サッカー先進国のメディアは試合後にこぞって日本を批難したそうですが。試合終了後に選手も申し訳ないと口々に言っていましたよね。常套手段ですからなんて一人も言っていなかったように思います。

 私はやはり、あの行動自体は批難されるべきものだと思います。だから、それはそれとして決勝トーナメント進出おめでとう、次はいい試合を見せてくれよ、勝ってくれよという気持ちだったわけです。

 どうして0か100かで評価したがる人たちがこんなにも多いのかというのが今回感じた疑問でして、どんなものでも清濁併せ持っているのだという前提で応援なりすればよいのではとしか思えないわけです。そういう戦略を取ったから日本代表を嫌いになれ、応援するなと言っているわけでもなし、信者というのは本当に厄介だなと思う次第です。もちろん、きちんと考えたうえで純粋に戦略として素晴らしかったと思っている方を否定するものではありません。そういう方はこんなにわかファンの意見を気にすることなく胸を張っていればよいのです。

 ところで、日本代表は残念ながら決勝トーナメント1回戦でベルギーに敗れたわけですが、3戦目の出来事を正当化し、勝つことこそが正義であり、どんなことをしても勝ち進むべきであり、過程ではなく結果こそが全てだと言い放った方々が「負けたけど感動を与えてくれた」とか「いい試合だった」とか言っているのはちゃんちゃらおかしいわけですよ。どんなダブルスタンダードだよ。なに言っちゃってんのと。敗退したんだから、あなた方にとって「いい試合」なんて存在しないでしょうよ。存分に批難してくださいよ、負けたんですから、思いっきり、ボロクソに。「負けたくせにいい試合とか言うな! 負け犬が! 日本に帰ってくるな!」くらい言わなきゃ。さぁ、ほら。

 と言ったところで、信者はおかしなことや自らの矛盾に気づけないからこそ信者なので、関わらないのが一番なのです。自らの拠り所なんですよね。

 自分の頭で考えることをやめず、依存せずに生きていきたいものです。