ベートーヴェンの交響曲第6番第2楽章がよく分かりません – 解決編


 前回の続きであります。前回はこちら。

ベートーヴェンの交響曲第6番第2楽章がよく分かりません
http://blog.185usk.com/2014/04/post-56666.htm

 最終的にmotoが正しいのではなかろうかという結論に達し、エントリーを公開したわけですが、公開後に手持ちのCDなどを見てみたんですよね。そうしたらもう大変ですよ。

ベーム全集 → mosso
プレトニョフ全集 → moto
カラヤン → mosso
クライバー → mosso
コンヴィチュニー → mosso
フルトヴェングラー → mosso

 というわけで、プレトニョフ以外は全てmossoという、スコアとは逆の結果になってしまいました。

 という事はやっぱりmossoが正しいんですかね……あんなに自信ありげにエントリー書いちゃったんですが……市原指揮者は死ねとか言われたらどうしよう……と不安に襲われたのですが、なにせどちらにしても情況証拠からの推論にすぎず、証拠がありません。イタコに頼んでベートーヴェンを召喚しようかと割りと本気で考えたのではありますが、こうなったらファクシミリを見るしかないだろうと。で、見ましたよ。ファクシミリについては親切なおじさまが教えてくれました。

 ベートーヴェンの自筆譜は途中で読むのを断念したくなるくらいの汚さで、こんな汚い楽譜じゃあ、後世の人間が混乱するのも仕方ないですよね、ちょっと生き返って書き直せよ、などと関係のない感想を抱きつつ、どうにか2楽章の冒頭を探しだしたのです。

 あった、ありました。テンポ指示が。そこにあったのは、

Andante molto moto

 ベト様は約200年前に、確かにそうお書きになったのです。言語的な正誤の問題などではなく、これは厳然たる事実であります。

 というわけで、mosso、moto論争はmotoで決着という事にしたいと思います。

 一つもしかしたらと思い当たるとすれば、motoの t が、ドイツ語の「エスツェット」に見えない事もないんですよね。エスツェットは他言語ではssと表記されますので、mossoと理解した可能性はないだろうかと。ただ、motoはイタリア語なのですから、それはどう考えてもおかしいわけで、やはり否定されるべき論拠と言えましょう。さらに1楽章冒頭のAllegro ma non troppo、2楽章のAndante moltoの t が同じ書き方ですので、エスツェットではなく t で間違いないと見てよいでしょう。

 しかしそうなってくると不可思議なのが、いつどこでmossoが混入してきたのか。上にも書きましたが、CDなどの歴史的記録を見る限り、恐らく一時期のクラシック界ではmossoが正しいと信じこまれていたフシがあります。

 誰が最初にmossoにしやがったんだ。発祥の地はどこなんだ。いつを境にmossoが出てきたんだ。

 昨日調べた範囲では、今のところ分かっているmossoの最古の資料は

Henry Litolff’s Verlag 1880年版

 です。それから100年近くmossoとして扱われていたのでしょうか……。それにしても、motoで書いているスコアの方が圧倒的に多いのですから、おかしな話です。

 そして不思議な事に、これまで誰一人としてそれに言及している人がいないようなのです。いくら検索をかけても、それについての考察などは見当たりませんでした。

 そうなったからには何かしら理由があったはずだと思うんですよね。今度はそれを知りたくなってきてしまいました。誰かクラシック業界の生き字引みたいな人はいませんかね。

 というわけで謎を残しつつ終わりたいと思います。以上となります。

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